いつもの調子で

久しぶりに書くので、書き方を忘れキーボードの操作が・・・。
ここ数ヶ月の空白には理由があるが、それはそれで面白いが
今回そこはパス。
介護関係で、ひょんな事から
「介護業界の知られざる闇」みたいな実体験を取材したいという
方がいて、私としても今までの理不尽な思いを吐き出せるチャンス
が到来したと喜んでいるのだ。
そこで取材のかわりに、このブログで使える部分があれば抜粋して
もらおうと、久しぶりに書いているという訳さ。
ここで言う理不尽とは、主に老人介護施設における利用者の声ね。

元々このブログは自分のための落書き帳みたいなもんだから、人に
読ませるという文章ではなく、私もルール無視の自己流で書いてたもん
だからね、いざ、この中から抜粋されるかもしれないと思うと些か神妙な
気持ちになる。なんせその方、超有名ライターさんだからよ。
ま、読みにくい文章だとは思うが、宜しくお付き合い下さいな。

と言う事で、勝手にいつもの調子でやらせてもらいますよ。
そうでないと肝心の言いたい事が分からなくなってしまうので悪しからず。

以前このブログの題名にもした「P133」でも書いてみる。

去年の11月の出来事だ。
私がまだ介護業界へ入ったばかり、業界では一軒目の勤務先での事。
その勤務先は知人からの紹介であり、初っ端から社員待遇であった。
知人というのはそこの会長さん、だからある意味では私は好きなように
今後の進路もとれる立場にあった。
だが私は敢えて会長の威光を利用しなかった、何故かと言えば私のような
業界ドシロウトが会長のような威光をひけらかそうとすればロクな事に
ならない。そんな事をすれば真実を隠されるし、自分の修行にもならない。
私の目的は、「自分を生まれ変わらせる新天地」であり、そこが本当に
これからの人生を掛けられる職場、職業であるのか?を、知りたかったからだ。
それでこそ真っ白な気持ちで一歩を踏み出せるのだと。
そこで私は会長にお願いをした。
「特別な計らいは一切なさらないで下さい、そのかわり自宅から一番近い
勤務地をお願いします。私は利用者さんに対し誠心誠意の仕事がしたいの
です、通勤での無駄な労力は費やしたくありません」と。(会長は私に近年
新設された設備の整った東京の職場を2箇所も勧めてくれていた。)

私は本部募集での一般採用と言う事で、自宅から近い職場を紹介された。
勿論そこの施設長もエリア長さえ、私の採用経過など知らない。
準備万端であった。
そこが私の望む新天地であるなら、末端から這い上がってやるつもりで
いた。

えー、前フリが長くなりましたが、そんな事情がありまして、そこで
働く職場の上司たちは、私に真実を晒して下さいましたよ(笑)

話を「P133」に戻します。
この実話の主人公を仮に柳田次郎さんとします。
柳田さんは60代、腕時計のバンドに細工を施す職人だったそうだ。
性格は気さくで商店街の人達との付き合いもよく、皆に「次郎さん」と
呼ばれ人気もあったそうだ。
その次郎さんが何年か前に、脳の病気で頭を切開する手術を受けたそう
です。それが不幸の始まりだった。
手術が終わって意識が戻った次郎さんは、以前とは別人だったらしい。
手術は失敗だったのだ、現在でこそ「医療ミス」なる言葉を耳にするが、
当時はそんな言葉は一般人には馴染みがない、家族は泣き寝入りしたら
しい。
次郎さんは、すっかり凶暴になってしまい会話や食事といった通常の
生活さえ一人では出来なくなってしまったそうだ。
そこで手を妬いた家族が苦心の末、介護施設へ入所させたそうだ。

ここまでの話は全て、次郎さんを見舞いにきていた次郎さんの奥さん
から直接聞いた話だ。
であるから多くの施設利用者が「捨てられて入所」するのに対し、次郎
さんは「預かって欲しくて」入所した人であると思われる。
一方職場の先輩からは、次郎さんの身の上話は一切きかれなかった。
「凶暴でいつ殴られるかわからない、今はそれでもマシになった」と、
ただただ精神障害者のソレとして扱い、個室に隔離したいた。
誰一人として「時計職人の次郎さん」として呼びかける事も、会話をし
ようとする者もいなかったと記憶している。食堂でも次郎さんだけ机
一つ離されて、まるで厄介な気違い者扱いされていた。
何度か私も、次郎さんの食事介助をした事がある。
次郎さんの食事はミキサー食である、ミキサー食とは固形物がない程度
まで柔らかくした食事形態である。赤ちゃんの離乳食を思い浮かべても
らえればいい。それらがオカズごとに皿に配膳される。一見、パレット
に絵の具を置いたようにも見える。
次郎さんは自分の食べる食事を見て「きれいだね」と、言っていた。
つまり次郎さんは、ただの狂人ではなく「きれい」を認識できそれを
言葉で表現できるまでになっていたのではと私は思っている。

入所時には乱暴だったかもしれないが、ある程度の回復?があったので
はなかろうか?
そうであるなら、もう少し人として接する介護があってもよかったので
はないかと思う。
でも施設側の考えは違ったようだ。
次郎さんは、就寝時にはベッドに四肢をバンドで固定されて寝かされて
いた。理由は「暴れるから」だそうだ。が、私は次郎さんが暴れるのを
見たことが無い。
次郎さんは四肢をベッド柵に固定され、更にラバーシーツを胴に巻かれ、
まるで海苔巻きのようにされて寝かされるのだった。
ラバーシーツとは、通称ション便マット。用途はオムツからの尿漏れ等
の汚れから敷布団を守る物、けして人に巻きつけて使用する物ではない。
ましてやラバーシーツは防水素材でできている、通気性はどうだろう?

時期は寒くなりかけの頃で、個室内の暖房は朝まで点けっぱなし。
次郎さんはベッドに四肢を固定され、ラバーシーツで海苔巻き状態、更
に毛布をかけられ暖房も入れられた。
この作業を私も命じられ3人がかりでやった。

「去年もこうやったんだから、この人はこうしとかないと」などと、
主任たちが私に、次郎さんの就寝手順を指導してくれたのを覚えてる。
(その前日までも、海苔巻きはしていなかった)

次の日の昼だったろうか、次郎さんのオムツ介助にいった。
次郎さんの介助は、オムツ交換の他にバイタル測定というのもある。
バイタル測定とは、体温、血圧、脈拍を測りチェックするのである。
次郎さんの体温を測ろうと、わきの下に体温計を差し込もうとしたら、
シャツがビッショリ濡れている、ひどい汗だった。
脈拍はP(プルス)で表示されるのだが、次郎さんはP133だった。
P133といえばただ事ではない数字だ。

急ぎ次郎さんの容態を報告した、ところが何故か特別な処置もなかったよ
うに思う。勿論病院への搬送も行われなかった。
「よくある事です」と言われ、そんなもんかなと私も思っていた。

その次の日だったと思うが、次郎さんの介助で個室に行くと、次郎さん
はイビキをかいていた。相変わらず四肢はベッドに固定されている。
「昼なのによくねるな」と思い、次郎さんにオムツ交換の声掛けをしよ
うと顔を伺おうと見たが、次郎さんは目を開けたままイビキをかいてい
る。
私はまだ何も気付かない、「何かへんだな」ぐらいの感覚。
でも何か様子が違うので、見たままを主任に報告した。
すると今度は主任が飛んできて、それからちょっと慌しくなった。

その後、家族が呼ばれたりした。
私が次郎さんの入所の経緯を、奥さんから聞いたのはその頃。
それから次郎さんは1日ももたず息を引き取った。
ベッド柵に手足を縛られたまま。

遺体を引き取りに来た家族の、たぶん長男だと思うが、その長男が我々
職員に「オヤジのお世話を有難うございました・・・」って声を詰まらせ
ながら挨拶したとき、私も胸にグッときた。
だって、次郎さんの死因は急な体調不良ってことになってるらしいが、
その体調不良の原因は何?
たぶん就寝時のアレも原因の一つだろうよ、熱かったんじゃないかな?
前日まで穏やかだったのに、あのラバー海苔巻き状態で寝かされてから
大汗かいておかしくなったんだぜ。
私は当事者だからそう思うがどうだろう?
主任は「たまたま体調が急変したのよ」なんて言うが、どうだろ?
それならP133の日に、なんで早く家族を呼んでやらなかった?
目を開けてイビキ状態を、なぜ私が第一発見者にやらなきゃいけなか
った?もっと時間をこまめに介護すべきじゃなかったのか?
朝礼のときだって、次郎さんがターミナルとかそんな話はなかった。
つまり「死んでしまうかもしれないって」事さえ気付いてなかったのでは?
明らかに重篤な状態になってから動き出した、遅すぎる!

私が介護の初心者だから思うのかもしれないが、もし自分の身内
だったら誰でも感じる疑問じゃないだろうか。
そういった感覚に鈍感すぎやしないだろうか?
口では「命を預かる」「手厚い介護」「悔いの無い介護」なんて
言ってるが、海苔巻きがそうなのかよ!それを正直に家族に言えるのか!

次郎さんの話は、きっと氷山の一角。
もっと酷い話もあったかも、だけど全ては闇から闇へ。
私が勤めていた間だけでも細かい話も入れれば、いたるところに非人間
的な馬鹿げた仕打ちが、介護の名の下に行われていた。
私は業界に入るときに誓った、現場では騒ぎを起こすまいと、上司には
絶対服従をすると。
だが、それは間違いだと思う。正しくないと思う事を肯定しようとす
る事はやはりおかしい。自分に何も変える力がなくとも肯定しようとす
るなら、それは自分の意思レベルを馬鹿並みに低下させるに等しい。

だからすぐに辞めたんだ、負け犬と呼ばれようが何と思われようが、
とてもじゃないが無理、レベルが低すぎてついていけない。
介護レベルとか知識云々の前に、心情的に理解できなかった。
その施設、一言で言えば「北朝鮮の缶詰工場」って感じだった。
何年かけようと、こんな人種にはなれないし、なりたくないと思った。

介護業界ってどこでも似たようなもんだって聞く、世間じゃ介護の人達
は優しい人の集まりなんて思ってるが、そういう人は少ないし辞めちゃうよ。
居座って残っている古株は、だいたい「優しい皮かぶった悪魔」。
語弊があるけど、職場に疑問を持ちながら流されているような輩も軽蔑する。
裸の仕事してチンポを世間に晒して、鬼畜とか言われて迷惑かけて、最低
だと思っていた私に、それ以下の人種と思わせてくれたド畜生共。

あっすいません。
ついつい、いつもこうなんです。
負け犬の遠吠えってヤツすかね?久しぶりにブログやるんで、歯止めがきかなく
なってすいませんでした。
つまり、個人的な感情論ではなく、どんな事が他にあったかですよね。
いろいろありますんで、やっぱり取材の方がいいですか?

くどくど愚痴を書くのも、どうしても諦めきれないし、やはり残りの人生を
介護業界に掛けてみたいからです。
その為には、納得する仕事をする為には、どうしても今の介護業界の体質を
改善する必要があると思うのです。
いづれは我々だって、お世話になるかもしれないからです。
今の介護業界に「何か変革をもたらしたい」「風穴をあけたい」と、強く
願う同志が全国には大勢いるはずです。
その同志たちと共に私は闘いたいのです。
そして、それが「価値ある」「必要とされる」ものであれば、必ず世間は
動きます、出資者も現れます、その時こそ勝ち組になりましょう。

PS 
次回は障害者関係いきますか?

217493 H23 9月 21日 PM6時45分