昨日の続き

阿修羅
①風呂
「怒りっぽく、すぐ怒鳴る痴呆症の方がいるので気を付けて」
と、研修直前のミーティングで教えられていた。
果たしてどんな人なんだろう?俺で大丈夫なんだろうか?
そう思っていたが、実際にその方に接してみると、多少声は大きい
が寂しがりやで遊び相手を欲しがっている子供っぽい人だと分かった。

その方は将棋が好きで若い頃は4段の腕前だったそうだ、入所してからも
負けた事がないらしく、将棋が下手な人とは今でもやらないそうだ。
(将棋というゲームは力の差がありすぎると面白くないものなのだ)

私は研修初日の午後にその方と指し、それからは毎日ご指名がかかり
午後から3番勝負をするようになった。
そのテーブルには他の男性入所者も集まるようになった。
その方は普段から大声をあげる方なので、他の入所様からちょっと
疎んじられている存在だったのだ。だが将棋をすることにより勝った負けた
で会話も弾むようになり、私が勝った時などは「あんた強いね」と、
他の入所様がまるで自分が勝ったように満足の顔をされた。

大声を出すご本人さえ「お相手ありがとう、また明日」という意味の
たどたどしい言葉で感謝の意を表し、喜んでおられるようだった。
私の将棋の腕前は4段も無い、だが勝つ事も負ける事も自在にできる。
痴呆の方を相手なので、負けっぱなしでも勝ちっぱなしでも失礼に当た
ると思い、競った勝負にしていた。
その方には気付かぬだろうが、勝率5割の演出が私の仕事だったのだ。

その方は自分で風呂にも入れない。
スタッフに入浴介助をしてもらうわけだが、もうその時の声といったら
ただ事ではない。それこそ大声で子供のように泣き叫ぶのである。
スタッフも、他の入所様も呆れてしまっている。
そして誰もが「いつもああだ」「だめだね」「常軌を逸いいてる」
と諦めボヤいている。
だが私には分かってる、その方を静かに入浴させる方法を。

その人にしてみれば「入浴方法」が嫌で嫌で仕方ないから叫ぶのでは?
その人にしてみれば虐待に近い感覚なのではないか?
その人の側になって考えれば、解決策など容易に思いつく筈だ。
そういう事を考え、試行錯誤してゆく事が仕事ではないのか?

16日、今日は採血があった。
例によってその方は大暴れ、看護師やスタッフが3人がかりで押さえつけ
採血用の注射針を注そうとするや否や、その方は子供のように大声で
「お前ら向こうへ行け〜!嫌だ嫌だ!!」と、ツバを吐きかけ、物を投げ
、自分を押さえつけようとしている人達を振り払ってしまった。
あんな状況では注射針など打てるはずも無い、むしろ危険であると
看護師たちも察し一時は諦めて退散をした。

私ならそうはしない、私はある確信をもっていた。
それは入浴の時と同じような心境にその方があるという確信だった。
そこで「ある言葉」をその方に耳打ちすると、その方は静かに頷いた。
すぐに看護師たちをもう一度呼び寄せて、私はその方の目を両手で覆った。
押さえつける必要など全く無い。
あとはその方が、他の事に気が向くような言葉であやしてやればいい。
案の定、採血は無事に終わった。
初めからこうすれば、その方だって大暴れせずにすんだろうに。
現場では、「その方が採血を受ける気になったから」と、なっている。
ではその方をその気にさせた「私の一言」とは何だったのか考えて欲しい。
恐怖の対象である注射針や、血を、平然とその方に見せてしまうような者たち
には考えも着かないかもしれないが、それを考えるのが仕事だろ?

というわけで、
「阿修羅①風呂」の項目だけでこれだけの文章になってしまう。
阿修羅だけで50項目以上あるわけで、とても全部は書ききれない。
それだけ私の介護業界へ対する思い入れは深いわけで、何故かと言えばこの
業界で今後食っていこうと思っているからだ。私が生涯働きたいと思っている
業界を、もっと誇れる、もっと人財が集まる、もっと輝かしい業界へしたいと
理想を抱いているからだ。
だがあまりに温度差がありすぎると、先輩諸氏を出し抜いてしまい誤解されたり
邪魔されたりする。そこが問題なわけで、これがまた困った問題なのだ。

そこで考え付いたのが
「熱を入れすぎないように、そして初心忘れるべからず」というのが
本日の私の実習生としての一日の目標であった。
こっちは良かれと思っていても、それを受け付ける体質の乏しい相手では、それ
は無意味なものであり無駄になる。
こんなつまらんジレンマで自分が潰れるのは勿体無いと判断したからだ。
まだまだ書きたい事は山ほどあるが、
そろそろ就寝の時間なので今日はこのへんで。

172577(163) H22 9月16日 PM11時45分