公園
少年と私は公園にいた。
その公園は小さな公園で、少年の自宅の目の前にある。
気温が寒かったせいもあるが、公園内には数人の子供しか遊んで
いなかった。鉄棒で遊んでいる小学校低学年くらいの女の子2人組み
と、ブランコに座って音楽を聴いている外人風の顔立ちの少女、それ
と私たち2人だ。
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小学生の2人組みは、私たちのやり取りを不思議そうに見ていたが、
やがてどこかへ行ってしまった。
それもそうかもしれない、少年は突飛な行動や奇声を発する。私との
会話もほとんど会話としては聞き取れないだろう。少年との会話を文字
にして表せと言われると私にも困難である。
でも少年と私の間には会話は成立している、「言葉で聞き取ろう」なんて
思ってるうちは解ってやることなんか出来るわけもない。
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少年は外人風の少女の座っているブランコの方へ歩きだした。
そしてふと立ち止まり、何か落ちているものを拾った。
それは何日か前に捨てられたであろう汚れた使い捨てカイロだった。
「あったかい」と言っている。
「あ」から始まる発音だったので、たぶんそうだと思う。
少年はカイロの事を知っているのだろう、そしてそのカイロを寒そうに
ポケットに手を入れている私にプレゼントしようと差し出す。
彼らの殆どは、こんなにもピュアな心の持ち主なのである。
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少年はブランコにのると大声で歌いだした。
私は聞いた事のない歌だった、「エルの歌」だそうだ。何の事だかよく
分からないが、映画かドラマのテーマソングだったのだろう。
その歌を大きな声で30分近くブランコをこぎながら歌っていた。
近隣の家の窓が「ガラッ」と開き、こちらの様子を伺う者。
道を歩いている者も、「チラッと」見て知らぬ顔して冷たい視線で通り過ぎる。
私もそういったものは敏感に察するが、そんな事をいちいち気にしない。
少年は楽しんでいるのだ、精一杯楽しんでいるのだ、それでいい。
それを見守り、また一緒になってふざけてやるのが私の仕事。
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私たちの傍にいた外人風の少女も怪訝そうな顔で私たちを見ていたが、
ブランコを離れる事はなかった。
そして少年が歌い終わって満足しておとなしくなった頃、少女が私に問い掛けて
きた。
「何でこの国の人はああいう(障害者)人達を馬鹿にするの?私たちの国
では馬鹿にした者が馬鹿にされるし叱られる。
「なりたくてなったんじゃないだろ」って。」
少女はトルコ人だそうだ。
・
なかなか嬉しい質問をしてくれる少女だ。
だから私なりに持論を言ってみた。
「この国の恥ずべき文化の一つなんだよね、この国では少し前まで障害の
ある人を隔離したり隠そうとする習慣があったんだよ。先進国でありながら
精神後進国である証拠だね、人として恥ずかしい事だよね。」と。
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「あなたは違う!頑張ってね!」
少女はそう私に言うと、外人特有の素晴らしい笑顔を残して去っていった。
・
ちょっと良い気分だった。
私は介護の仕事を始めてから、すでに幾つかの小さな奇跡を成している。
職場の先輩が今まで出来なかった、やれると思わなかった事を幾つかした。
それを面と向かって褒められた事もないし、私もそれを誇示しない。
ただ単に「気付かないんだろうな」と思っている。それに現実的には介護の
心よりも金を追っている割合のほうが大きい業界であることも分かった。
私が求める世界とは少しズレているようだ。
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でもまあいい。
まだ始めたばっかの業界だし、まだ私は力がないから。
少なくとも今日の少女のあの言葉は、老人ホームに入社できた事より嬉しかった。
私が生まれ変わろうと決意して初めてその仕事姿を褒められた言葉だったように
思う。
やっぱり、どんな事でも認められたり褒められたりすると嬉しいもんだ。
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189848 H23 1月31日 PM11時55分