真夜中の大木
今日弟がシンガポールから帰ってくるそうだ。
弟は帰ってきても日本の人材を求めて、あちこち仕事へ行くので忙しい。
私とまた釣りに行ってくれる時間があればいいが。
前回は真鶴のお気に入りの堤防で釣った、次回までには大物狙いの磯を
リサーチしておいてやると言っておいたが、その後真鶴には行ってない。
あれから半年、私は釣りどころか仕事らしい仕事を殆どしてない、困った
ものである。それで喰っていけるならいいと言う人もいるが実はもうそろ
そろ限界が近づき始めている。
なりふり構わず制作の仕事でも営業すればいいのだろうが燃えない。
まったく体が動かない、気持ちが拒否してしまっているのかもしれない。
来る仕事だけを仕方なく受けて生きて行こうと思っていたが、全然こない。
それで半年が過ぎてしまった、今年は何年ぶりかにジリジリとした夏になり
そうである。
これも自分で選択した道であるから仕方ないが、不安と焦燥は日を追って
大きくなってきている。
でも何故か、間違っても乞食のようにはならないという根拠のない自信は
あるのだ。だからメイを拾って飼うような余裕があるのだろう。
・
メイは「待て」は分かるが、「おいで」が分からない。
言葉で躾けるのは、なかなか容易ではないようだ。
先日首輪とリードを購入した、首輪の色は赤。
今週から散歩の練習をしているがなかなか難しい、抱っこして公園まで連れ
てゆきベンチの周りで遊ばせている。
メイの動きが急に止まり一点を見つめる、そんな時はどこかのネコが遠くに
いたりする。
教えてもいないのに、コガネムシや蛾を捕らえて食べたりする。
昨日などはひどかった
散歩に出たのは夜中の2時くらい、いつもの公園のベンチに座り遊ばせていた。
近くに大きな桜の木があり、メイはその木に飛び移ると一気に登りはじめた。
こちらは首輪にリードを付けているので、どの辺まで登るか見ていた。
公園は街灯こそあるが暗い、しかも大きな桜の木ともなればなおさらだ。
リードがいっぱいになったので、そろそろ引っ張ってメイを木から下ろそうと
したが降りてこない。しかもリードとメイは直線上になく、どうやら枝が引っ
かかっているようなのだ。メイは上のほうで鳴いている。
桜の巨木は幹周りが数メートルはあろうという大木、一番下の枝でさえ建物の
2階部分くらいの高さはある、とても人が登れる高さではない。
さあどうしたものか・・・メイは登ったはいいが降りれないのだ。
やはりここは力ずくでやるしかないと思い、リードをゆっくり引っ張った。
木の上は暗く、どうなっているのかまるで見えない。
ゆっくりだが、力をゆるめず引っ張った。
すると妙な感覚が・・・まるで釣りのとき根掛かりした糸がプツッと切れるよ
うな力がだらしなく抜ける感覚だった。それでも首輪の鈴はチリンチリンと鳴って
いるので更にリードをたぐるとリードの先に首輪だけが付いて落ちてきた。
私はこの時になってはじめて首輪が抜けたのだと分かった。
・
メイはまだ上で鳴いている、その声は明らかに困っているときの声。
しかし私にはどうすることも出来ない、下から呼んでも声だけで時折顔が見える、
下で両手を広げて「おいで」とやっても反応なし。ここで私に向かって飛び降り
てくるようならたいしたネコなのだが・・・
・
こんな夜中では通行人もない、せめて自転車でもあればそれを足場にと考えた。
とてもハシゴがなければ登れない高さなのだ、しかも雨で木肌は滑る。
仮にメイのところまで登って、今度はどうやって降りる?ただでさえギックリ
腰で腰痛もちになり普段から重いものを持たないよう心がけているのに。
あれこれ考えたがいい案が浮かばない・・・
ひょっとしたら、これがこの子との別れなのかなと思ったりもした。
元々ノラだし、「おいで」と言ってもこないし、木に登るし、野生に返しておく
べきか?そう思ったりもした。
だけど、木の上に置き去りにするのはあんまりだ、それだけはできない。
私は意を決し、木に登ることにした。
2度ほど失敗しすべり落ちたが、3度目にはなんとかメイのところまで行けた。
だがメイを掴もうとしたら「ミヤヤァ〜」と凄い声!
メイは私に怒られるとでも思ったのだろうか?きっと私は凄い形相だったのだろう。
それでも私がメイを捕まえると、メイは私に初めてツメを立てた。
「なんちゅうヤツだ!」と思いながらもメイを抱きかかえ2階ほどの高さの木か
ら地面に飛び降りた。
メイに怪我はなく、私もちょっとした擦り傷ですんだが、もう一度やれと言われ
ても出来ないだろう。
・
ハアハアと息が上がった私は、公園の水道で水を飲んだ。
メイも飲みたそうに私の顔に口を寄せる、メイにも飲ませてやろうとしたが飲まない。
そうだった、こいつ口移しで飲ませてやらないと飲まないんだ・・・
メイは甘えたいときは飲み皿の水は飲まないのだ、ちなみに家に友人が遊びに来たとき
もそれをやらない、ネコなりに「よそ行きの顔」ってのがあるみたいだ。
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まだまだ意思の疎通はできてないし、なんとなくしか気持ちも分からないが、
口移しで水を飲むネコなんて、ちょっと可愛い。
盆に入ると恒例の家族旅行がある、何日か留守番をさせなくてはならいのが
心苦しい。
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144702 H21 8月8日 AM3時35分