かりそめの健康状態

14日はユキをコーディネーターに紹介し、小岩のスタジオにて音撮り
をした、ユキも初めて見るプロが使用している機器を使用してオペラを
歌い、さぞ満足していたようだった。コーディネーターからもプロとし
ての心得を教えてもらい、ユキに前途洋々たる兆しであった。このコー
ディネーターは例のプロデューサーの知り合いで芸大を卒業しており、
プロのみを相手に商売をしている人である。その人が、「この子は基礎が
できている磨けばものになる、是非仕事をさせて下さい」と、私に頭を下
げたほどだった。
15日、朝からユキに起され「どこか行かない?デートしようよ」と、せ
がまれ街を歩く。気温も温かく良い天気だったので二人で鍋や食材を買い
アンコウ鍋を食べた。ユキコの食欲も回復し、私と同じほど食べ「美味し
ね、明日は私がパパに料理作ってあげる」などど、この池袋の事務所で久
しくみなかった光景がそこにはあり、私も幸せに似た満足な気持ちであり
、このままユキコが住み着いてくれれば私の妻になってしまうのではない
だろうかとさえ感じた。人間とは環境に慣れるとそれが当たり前のような
錯覚をし、幻想や将来の構想を思い浮かべるものである。昨日の私もそう
だった、ユキコはすっかり病気から復活したし日常生活も他の女より気遣
いがある、薬もこの2日間全く飲まないでも平気だったし、やはり環境を
変え私のところで暮らしたのが良かったのだと、私は善行をした気分であ
った。ユキコは甘え私が寝そべっている上に乗っかり20分近くもキスを
していた、私はちょっとイタズラ心で「SMやってみるか?」と聞くとひど
くユキコは怖がったので、私は面白半分に手錠をかけた そしてすぐ外し
てやり「こんなの怖がっているようじゃ風俗で働くなんてできないよ」と
軽くあしらった。前日彼女が風俗で働きたいと言い出し、母親にも宣言し
ていると本人が誇らしげに言っていたからだ。 まだ無理だなと思い、こ
の子はオペラの道があるんだから、私の業界へは誘うのはやめようと思っ
た、実際彼女と再会し暮らしたここ10日間でも彼女をモデルとしビデオ
を撮った事はない一度もない。明日はユキコの手料理が食べれるかと期待
しながらタバコを吸おうとしたら残りが2本しかない「あれタバコない」
と、私が言うと「買ってくるよ」と、ユキコは私が渡した300円をもち
部屋を出て行った。それが15日のPM9時頃、それきり彼女は帰って来な
かった、心配になった私はユキの携帯へ電話したが彼女の電話は部屋の中
で鳴っている、近くのコンビニで立ち読みでもしてるのかと見に行ったが
いない、タバコの自動販売機までは20メートルぐらいの距離だから事故
に巻き込まれたとは考えにくい、念のため彼女のバックを調べてみたら、
財布からなにからそのままだ、彼女は300円だけ持って 着の身着のま
ま、どこかへ消えた。PM11頃、雨が降り出し不安は募るがどうにもなら
ない、最後の手段として彼女の着信履歴から彼女の実家と母親の電話番号
を探しかけてみるが留守テルだった、何度かしつこく掛けたら一度だけ誰
かが出て直ぐに切れた。本人であればそれでいいのだが・・・どちらにし
てもユキコは病気なのだ。荷物は事務所にあるからいずれ取りに来るだろ
うが、ユキコと二人で暮らすという甘い幻想はもう二度と起きないだろう
初めから解っていたが、いざ独りになるとやはり寂しいものだ。これが一
年中繰り返されるのが私の生活である、まるで「どくだみ荘」みたいだ。
願わくば、突発的に自殺などしないで欲しい 私にはもうしてやれる事も
少ないだろうけど。  PM7時05分