秋のお願い

本格的に秋の気配も深まり、各地で紅葉のたよりも聞こえてきた。
私の住む池袋の住宅街にも、キンモクセイの香りが漂い、もうそれらしい
季節が来たんだなと実感する。
世間では食欲の秋とか、いいイメージだろうが私は例の発作が起こりやす
い季節なので、覚悟の季節。
出来る事なら、何もしないで体を休めていたいところだがそうもいかない。
最近では咳も酷く、貧血の立眩みの時のように目の前が真っ暗になる程の
咳がしょっちゅうある。体が痺れたり痙攣するような深い咳もあるので、
そろそろ医者に薬を貰いに行こうとも思っている。でも医者が言う事は分
かっている、「喘息の症状ですね、タバコを止めることですよ」だろう。
私が知りたいのは、何故この時期だけなのか?原因は何だ?なのに医者は
そんな因果関係など説明もしてくれない。まるで一般の喘息患者と同じよ
うな扱いをする、それなら市販の喘息薬か風邪薬でも事足りると思い、医
者に診察してもらうまでもないと思ってしまうのだ。
盆前に痛めた右手首もまだ治らない、生活をするのにそう支障はないので
放っているが、これだけ長い期間だと気になる。ひょっとしたらズレたの
か軽いヒビかもしれない、重い荷物を持つとグキッと痛む程度なので大し
たことはないが気になる。これも医者に言えば湿布かギブスなのだろうが、
そんな姿では仕事にならない、カメラを持てるうちは我慢しようと思う、
そのうち治ってくれるだろう。

体調が思わしくない時は、いろいろヘンな事を思うものだ。今日は好い事
もあったのでそれを書いておこう。
昼に夏美に電話をした、彼女の忘れ物を事務所で見つけたからだ。
夏美はちょうど池袋にいた、メトロポリタンの近くで買い物をしていたそ
うだった。
「あれ?池袋にいるの?ブクロに来るなら連絡ぐらいくれよ、冷たいじゃ
んかよ」そう言うと夏美は「事務所には行かないよ、夜もダメだからね」
などと警戒しているのか値打ちを付けているのか?
「じゃあさ、東武の上で昼飯でもしようよ」「うん、お食事だけなら」と
いう事で池袋のメトロポリタンまでチャリンコで迎えに行った。私もたまた
ビックカメラに用事があったので出掛けるつもりでいたが、本来なら彼
女が事務所に忘れ物を取りに来るのが普通だよな?などと思いながらも、
夏美に会える嬉しさでそんな事は頭から吹っ飛んでしまい、私は蹴ったく
りマシン(チャリンコ)沖ちゃん号を全速力で駆けつけたってもんだ。
待ち合わせ場所に着いたが夏美はいない。電話をすると、「グッチの前でバ
ッグを見ているの」などと言う。まったくお嬢様にはかなわない!
それでも私は嬉しい、なんてったって撮影後に連絡が取れしかもプライベ
ートで食事をしてくれる子なんて滅多にいないから。
夏美をチャリの後ろに乗せ、ウキウキしながら「ここにつかまって」など
と夏美の手を導きながら40過ぎの私の心は久しぶりに青春時代。
自己満足だという事は分かっている、夏美にすれば迷惑かもしれない。だ
けど夏美の弱み(テープ)に付け込もうとなどとは到底思ってもいない。
「ポイントが溜まるからメトロポリタンでお食事しましょうよ」と、夏美
に言われた時も「東武のほうがいろんな飯屋があるだろ」と言った。メト
ロポリタンホテルの高い食事代を気にしたのではない、近くのメトロポリ
タンよりも遠い東武デパートへ行く方が、それだけ長い時間夏美と一緒に
チャリンコに乗っていられると思ったからだ。それにもう一つ理由があっ
た。
私は小学校の6年生まで埼玉の鶴瀬という町に住んでいた、鶴瀬には東上
線の駅がありその終点が池袋。旅行好きな両親は家族旅行へよく連れて行
ってくれた。その旅行の帰りの晩御飯はたいがい池袋東武デパートの上に
ある飲食街だったのだ、だから当時の私には東武デパートの上だけが唯一
の東京であり思い出のレストラン街だったのだ。そのレストラン街で夏美
と食事という思い出をもう一つ増やしたいという思惑があったのだ。
12階にある「みさき屋」という名前だったろうか、夏美は昨晩ベトナム
料理を食べたそうなので、さっぱりしたものを食べたいと言ったので刺身
の店に入った。
そこで楽しく食事をして「今度はサンシャインのラウンジ行こうか?」な
どと、すかさず次回の約束までさせて私はすっかりうかれていた。
店を出て散歩でもしようかと思い声をかけると、「もう行かなくちゃ」と冷
たい言葉が返ってきた。そして「あのテープは大丈夫なんでしょうね」と、
釘を刺すような追い討ちの言葉。その言葉の予想はしていたが私は何だか
悲しい気持ちになった。「それなら事務所に取りにきなよ、夏ちゃんの気の
済むようにしてくれればいいさ」私は本心でそう言った。夏美は「事務所
なんて嫌よ〜、Hなことするんでしょ?」と言った。
そう思われても仕方ないが、そんな言われ方をされる時が、この仕事をや
っていて一番嫌になるときでもある。そりゃ事務所でテープを見れば夏美
の全裸だって大きく膨れ上がったクリトリスだって、愛液を垂れ流すマン
コだって、チンポを挿入されてポッカリと開いたケツの穴だって見る事は
できる。だけどそんなものは私の日常であって、仕事に関しても過ぎてし
まって忘れかけそうな映像の一部に過ぎないのだ。私は洒落た服を着こな
した夏美の今の姿や会話を楽しみたいだけなのだ。
夏美の気持ちも分からないでもないが、割り切って新しい出会いを求めて
いるいるのに。それなのにそんな言い方をされて悔しい気持ちになった。
「もし望むなら、今までに無い最高の気持ちいいプレイでもいいぜ」私は
冗談まじりに言い返した。すると夏美は「そんなに真剣に言わないでよ、
仕事でやりなさいよ笑っちゃうじゃない」などと、まるでオホホ姫の如く
口調で私をあしらった。
「じゃ、じゃあ今度はサンシャインね、絶対だよ!」私は縋るように言っ
ていた。 この様に、私はプライベートではまったくダメな男なのだ。
複雑な気持ちで夏美を改札口まで見送った。夏美は振り向くことはなかっ
た。僅か一時間弱の青春であった。やっぱりダメか・・・と、思いつつも
次はサンシャインがあるぜ、などと秘かにしつこい私だ。

事務所でボケーとしながらボクシングを観る。
亀田負けろ負けろ!ビックマウスの化けの皮剥がれろ!お前の歌なんか聞
きたくねぇぜ〜、そう思いながら観ていたのでチャンピオンが勝ったのは
非常に嬉しかったし胸がスッとした。チャンピオンの腫れた顔の奥に眼光
鋭く逞しい眼が印象的だった。謙虚な言葉も素晴らしかった。
私はああいう男に憧れる。本当に強い者はどこか弱弱しく、それでいて優
しそうで絶対に裏切らないだろうという安心感があるものだ。
チャンピオンの謙虚な姿勢を見て私は思った。そうだ、今度夏美と会える
とすればテープも承諾書も持っていって無償で渡してやろう。それで夏美
と縁が切れてもまぁいいや、こちらもそれほど困窮してるわけじゃないし、
たまには純粋に喜ぶであろうことをやってみようと思う。もしかしたら、
ひょっとしたら本当の友達になってくれるかもしれないし。
テープを返すなんてプロとしてはだらしない考えかもしれない、制作者と
しても一流の考えじゃないかもしれない。一流じゃなくたっていい、たま
には良い事だってしたいんだ。その代わりもし神様というものがあるのな
ら頼む、俺の喘息を止めてくれ、親より先には逝かせないでくれ、この秋
も乗り越えさせてくれ、もう少しだけ楽な生活をさせてくれ、園芸の仕事
もさせてくれ、この中の3つだけは叶えてくれや!

72570   10月11日  PM11時55分