気違い薬

緊急事態が発生した。
このところよく眠れていたが昨日は眠れなかった、そこで以前に服用してい
た薬を飲み熟睡し明けて今日。ところが昨晩服用した薬は私が「気違い薬」
と称している薬だったのだ、その薬は私を狂気にさせる。

今日は午前中に起床し、3回目の注射を打つべく渋谷のペインクリニックへ
行く予定だった。だが目覚めたのは昼の1時過ぎ、頭は朦朧としており先に
起きていたジュンからも「いびきがうるさくて4時間くらいしか寝てない」
と言われた。私も「寝てるときまで責任もてるか、耳栓でもしとけ」と憎ま
れ口、考えてみればすでに私には狂気の兆候があった。

軽く食事を済ませ「遅くなったけど注射しに行こうか?」と、ジュンに聞い
たが「私は行かない一人で行ってきな」と、冷たい返事。私は予定が狂うこ
とを極端に嫌う性格だ、(その後どのような会話だったか思い出せない、ジ
ュンに聞いても「思い出したくない」と言うので今時点では不明)。私が覚
えているのは「この役立たず、実家に帰れ、出て行け」という私が言った言
葉。そしてお笑い番組のゲタゲタとした笑い声も、ジュンが吸うセブンスタ
ーの煙の臭いも酷く嫌な気分がする。ちょうどジュンが吸っていたタバコを
手で払いのけ叩き落し絨毯に落ちたタバコを足で踏みつけた、火の付いてい
たタバコは絨毯に焼け焦げの跡を付けたが、私は足に熱さを感じなかった。
それだけでも充分異常な行動であると今なら分かる。

私とジュンは口論となり、ジュンが「警察に言ってやる」と言った。確かに
私は叩けばほこりの出る体かもしれない、しかしそういう人の弱いところを
口論で持ち出すのはよろしい事ではない。私は尋常な状態ではないからだ。
ジュンの頭をいつもより強く平手打ちすると、ジュンも負けずと私の足を蹴
ってきた、そこで私は腹にボディーブローを2発お見舞いしてやったらジュ
ンはうずくまり、苦しそうな声で「酷いよっ!女に暴力振るうなんて最低、
絶対警察にいってやる」などと言った。私は手加減しているつもりだったが
、傷害で前科をもつ私にとってその言葉は脅威と屈辱以外のなにものでもな
いのだ。「てめえ家族がいるんだろうが」などと口論から脅しを含めた罵り
合いに発展していった。それでもジュンは怯まず言い返してくるので私はジ
ュンを柔道の体落としでひっくり返すとジュンの上に馬乗りとなり、ジュン
の口と鼻を両手で強く塞ぎ声も呼吸も出来ないようにした。これは危険な行
動で、まかり間違えば窒息させてしまうこともある、私はこれ以上罵り合い
をしたくなかったそうしたのだ。ジュンはもがき何度か苦しそうに私の手を
どけようとしたが私は容赦なく続けた。

やっとジュンがおとなしくなったので、そのまま仰向けに転がしておいた。
ジュンは泣いていたが、もう文句は言ってなかった。
数分してヒックヒックと、妙なしゃくり上げるような妙な呼吸をはじめた。
私は、なんだ威勢がよかったくせに今度は泣き落としか?と思った。
しかしその妙な呼吸はいつまでも続き、「救急・・車・・呼んで」とジュン
が言う。私はそこで初めてただ事ではないと思った、同時にこれで救急車を
呼ぶのは何度目かとも思った、ひょっとして俺が殴ったからか?とも思った
が症状が過呼吸に似ているので応急処置としてビニール袋を口に当てた。そ
して喘息用の噴霧式気管支拡張剤をジュンの口中に2,3回噴霧した。
これで少しは良くなるかな?と思ったが効果は逆だった、ジュンは更に苦し
みだし今度は「手も足も動かない、怖い私どうなっちゃうの?!」と泣き出
してしまった。
これではもう私には手も足もでない、やむを得ず救急車を呼ぶことにした。
手足が痺れて動かないってことは脳神経だな、もし私が殴ったのが原因だっ
たらこりゃ大変だな、前科もあるし今回は永くなりそうだなと、覚悟しなが
ら救急隊の到着を待った。

救急隊が到着し、ジュンと私から思い当たる原因を聞いた。ジュンが「殴ら
れた頭とお腹をいつもより強く、もうこんなところ居たくない」などと言っ
ている。私はハラハラしながら余計な事を言いやがってと思って聞いていた。
病院へ搬送されたジュンと私は隔離され、ジュンは事情と治療を受けたいた
ようだ。
暫らくして看護師が私に処置室に入るように言ってきた。
ジュンはベッドに横たわり身動き一つしてない、まるで眠っているようだっ
た。脳挫傷や脳溢血ではよくある症状だ、先程まで会話ができてもいきなり
植物人間になってしまうのだ、私は過去に何度かそういう場面に当事者とし
て居合わせた経験があるので、「もしかしたら」という焦りと緊張が走った。
が、医師の説明は心配と異なり単なる過呼吸。「安静にしていればすぐに良
くなりますよ、良くなったらお帰りになっても大丈夫です」だった。
私は内心ホッとしたが、気違い薬を服用していたとはいえ一時の感情で女性
に暴力を振るってしまう自分を反省し、またそんな自分を恐ろしく思った。

一時間もしないうちにジュンは回復し、私たちは病院を後にした。
事務所に帰りジュンに約束をした。
① テレビについては今後文句を言わない。
② タバコの銘柄ついても文句を言わない。
③ 傷つく事も言わないよう気をつける。
④ イライラしても人に当たらない。
⑤ お互いに返事、挨拶をするようにする。(これは私からの条件)
まるで敗戦裁判みたいに一方的に私が不利な条件を承諾することになってし
まったが、これで元の関係に修復できるならいいだろう。大難は小難へ小難
は無難だ。

「俺も過呼吸なんて初めて目の当たりにしたぜ、ちょっとビビるよな〜初め
は演技かと思ったぜ、でもよ意外とすぐ治っちまうんだな、今度また過呼吸
になったら口にビニール袋かぶせて手当てしてやっからよ。暫らくそのまま
放っとけば治るんだろうから、その間に俺はオナニーでもしててやら〜」
そう私が冗談をいうとジュンは「鬼畜!」と言って今日初めて笑った。

29910(182)              PM8時40分