ムササビの術

今から15年くらい前の話だが、当時私は都内有数のお嬢様
女子高を卒業した川越澪美という子と付き合っていた。
彼女と付き合い始めたのは彼女の母親と私が同じ職場に勤めて
おり紹介をされたのがきっかけだった。
彼女は特別に美人というわけではなかったが、話し上手という
のだろうか彼女と喋っていると吸い込まれていく感覚になるの
だ。そんな彼女が私に話してくれた印象深い実話を紹介する。
それは彼女がまだ高校に在学中の話だったそうである、クラス
に必ず一人くらいはいる、どことなく存在感がなく暗くもなけ
れば明るくもない、時々思い出したように自分の存在をアピー
ルするような奴。彼女の話ではその子(D子)もそういうタイ
プの子だったのだろう。往々にしてそういうタイプの奴は奇抜
な行動をとるものだ、話の始まりはD子が飛び降り自殺をして
死んでしまったという事からはじまる、それを彼女から聞いた
時、私は彼女の人間性を疑ってしまった、何故なら彼女はその
事を「これって笑っちゃいけない話なんだけどね」と言いなが
笑いながら喋るからだ。私は彼女のことを人の不幸を笑って喋
る女なのか、けっこう短い付き合いになりそうだなと思いながら
聞き流すつもりでいた、ところが彼女が私にその話に関心がな
い事に気付き「話の続きを聞いてよ、ちょっとー!」と催促す
るので聞いてやる事にした。
「D子ちゃんてね、二年生の時私と同じクラスだったの、その
 時も校舎の三階から飛び降りているの、私たちビックリして
 窓から様子を見たら、D子ちゃん平気な顔してこっちを向い
 手を振ってたの、でもそのまま保健室へ運ばれて行ったから
 D子ちゃんのカバンとか教科書をD子ちゃんの家に届ける事
 になってD子ちゃんの机の中身を整理してたらね、忍者の本
 が沢山あったのよ、それで私たち大爆笑だったの」
私は彼女の話を聞いて、なるほどそうかと、やっと笑いの意味
を理解した 「飛び降り自殺」というと悲壮な響きがあるが、
中にはD子のような、忍者の修行中のような「事故」もあるの
だなと思った。だがそれを笑っていいかどうかは別問題だ、D
子が世を去ったのは卒業の2年後だという、きっと20歳の記
念のダイブだったのだろうか、スタントマンにでもなればよか
ったのにな、D子の周りにはそんなことを相談する相手もいな
かったのだろう それを哀れに思う。