戦場のピアニスト

今朝の早朝メイがまた雀を咥えて帰ってきた。
今度のは生きている・・・
どうしたものか・・・

メイから雀を取り上げて、傷の具合をみてみた、
翼の付けねと腹部からの出血がみられる、
私が手のひらを緩めると、飛び出して逃げた、
だが一メートルも飛べず、
チョコチョコと部屋のソファーの裏へ隠れようとした。

この行動は、メイを躾けていた頃
やはりメイが逃げようとソファーの裏へ隠れたのと一致する、
ちょっとおかしかったが、
鳥にも同じような恐怖心があるんだなと感じた。

窮鳥懐に飛び込めば〜
たまたま昨晩、戦場のピアニストという映画を観たばかりだった。
メイは獲物を私に取り上げられて不満なのだろう、
いつもは聞いたことのないような、もの惜しげな声で鳴いている。
メイにしてみればせっかくの狩の成果である
だが、やはりここは私も人として。

改めて雀を診てみると、傷は浅そうだ。
噛み傷はあるが内臓は見えてない、骨折までは分からないが
私の指につかまる力もあるようだし
なにしろ心臓部分の脈打ちが、生きようとする生命を感じさせた。
風切り羽がまだ生え揃ってない幼鳥である。

消毒液とヨウチンで手当てをした、
エサを食べれるようになれば、きっと復活するだろう。

メイを拾ったのもちょうど去年の今頃だ、
助けた命(メイ)が殺そうとした命を助けようとするなんんて
まったく人間のエゴ以外のなにものでもないと解ってはいるが、
自然界の掟を黙ってみていられない。
甘いと思われるかもしれないが、私は強くない人間だ。
(そのくせ釣りでは魚を平気で殺す)

だから優しいのではなく甘いのだ。
その甘さが、いい顔しようとする甘さが、そのツケが、
その結果が、現在の私の生活状況であることも承知している。
過酷で冷徹な現実に、もっと冷静に対処できる人間であれば、
私生活も「沖本」のような人間であれば、
生活苦には陥ってなかっただろう。

人として
社会人として
人間として
そのバランスのとり方が、たぶん私は下手なだけなのだろう。

162895  H22 5月22日 AM9時55分