冷たい人間
変な偶然がまた起こった。
この土日は雨天という事もあり、珍しく実家には帰らなかった。
土曜日は将棋友達と過ごし、昨日の日曜日は明け方の4時ぐらい
まで知人と飲み屋で呑んでいた。
その飲み屋が閉店の時間ということで我々は解散し、私は乗って
きた自転車を手で押しながら歩いて帰った。
この時期の朝方はまだ肌寒い、事務所へ帰る頃には酔いもほどよく
醒め「この時間なら耳栓なしでも寝れるかな?」
「いやいや、耳栓なしでは住人の足音で起きてしまう」
「そうでもないか、酔ってるから大丈夫」
などなど、またまた住人の物音の事を想像しながら歩いていた。
そんな事を考えながら事務所の玄関近くに着いた時、変なモノを
発見したのである。
事務所の玄関のすぐ脇には、一本の電柱が立っている。
事務所の建物から30cmも離れてない場所にその電柱はある。
その電柱に妙なモノがぶら下がっているのだ。
「あれ?おかしいな?俺は酔っているのか?」それが第一の感想。
「立ちションしてんのか?こいつ??」それが第二の感想。
「ふざけたマネしてんじゃねぇぞ、迷惑な!」と、第三の感想。
・
何が私の眼に映っていたか・・・
それは首を吊った中年男の力ない後姿だった。
犬の散歩をしている人が、それを見ながら普通に通り過ぎて行くの
で、まだ私は「何かの撮影か?悪ふざけのイタズラか?」と思った。
だが近寄り、その中年男の顔を覗きこんだ時、それがイタズラでは
ないものだと分かった。
・
その人物がどこの誰か?私にはピンときた。
「お前大丈夫か!何してるのか分かってるのか!」
私はそいつに声を掛けたが、そいつは返事をする筈もない。
・
すると私の傍に細身の若い女性が近づいてきて
「怖いのでもう通報はしてます、私配達があるので」と、言い去って
しまった。
新聞配達のその女性が第一発見者だったようだ。
女性が去ったあと、事務所の玄関前には私と電柱の男しかいない。
10分ほどで救急隊がやってきたが、私はそれまでその男の顔を見て
いた。
そのあと警察官も大勢やってきて、私は現況の報告をした。
「たぶん・・だと思うけど、その人ここの住人だよ。」と、私はそう
言って自分の上に住む住人の部屋を指差した。
あの足音や物音のうるさい問題の先生だ。
一度も出会ったことも、すれ違ったこともないが、だいたいの風体や
、この建物の直ぐ脇でこんな事をする奴は、人の迷惑を考えられない
奴だろうと想像できたからだ。
・
私は警察官を伴って、建物のオートロックを開け、2Fへの階段を
上っていった。
たぶん202号の奴だろうと、そのドアーを見てみるとドアーの鍵は
閉まってなかった。
「やはりな」、私は自分の勘が正しいことを確信した。
警官が「朝早くすいませ〜ん」と、小さな声で言いながらドアーを開
けたが室内からは何の返事もなかった。
・
その後警察から色々聞かれ、再度2Fのドアーを開け、室内を照らして
みると窓ガラスも開けっ放しになっていた。
警官が室内を調べるため室内に入っていったので、私も一緒に入ってみ
ると、部屋はちらかっており、布団も敷きっぱなしで、布団の傍に男が
首を吊ったのと同じロープの切れ端があるのを発見した。
・
AM5時。
警察官に大家さんの連絡先を教え、警官から丁重に協力の礼を言われ、
私は事務所に入りこのブログを書いている。
・
丁重に礼を言われたが、私は別に何もしていない。
男を発見した時も、すぐに救命措置もとらなかったし、冷ややかにそ
いつの顔を見ていたし、ロープを鋏で切ってやりもしなかった。
それどころか、「こいつが確実にアイツだったらいいな」などと悪魔
のような願掛けまでしていた。
「202号の住人がいなくなってくれればいい」、とは毎日思ってい
たし、アイツのおかげで精神的暴力を毎日受けており、その改善もな
かったのだから当然の報いと思ってもいたしかたないだろう。
迷惑な死に方をするヤツは、生きている時も迷惑なヤツで、私の言い
分や今までの悩みもけして大袈裟な事ではなかったと証明できる。
・
だが、
人の死に対するショックや、心の痛みは同じであり、救命措置などの
とっさの判断ができなかった私はやはり人間失格なのかもしれない。
それは日ごろの迷惑や憎しみという言い訳ではなく、私自身の本質で
あり、私は本当に冷たい人間なんだろうなと、今となっては考えざる
を得ないのだ。
でも、
正直な気持ち、今でもアイツの死を悼む気持ちになれない。
「哀れな」が半分、「迷惑な」が半分だ。
・
警察には「この事は他の住人には言わないでやってくれよ」と、口止
めされている。
大家さんにもその事は告げたし、その部屋をリフォームすれば違う住人
がまた入居するだろう。
私も自分の部屋のベランダから数メートルも離れてない電柱で、あんな
事が起こったと思えば、うすら気味の悪いものがある。
今のような仕事をしていると、怨霊か?念が通じたか?などと妙な気持
ちにもなってくる。
もっとコミュニケーションのとれるヤツだったなら、もっと違う感情に
もなれただろう、それが出来なかった私にも「非」を感じる。
・
日ごろの物音さえ聞こえる住人が死んだというのに、これだけの気持ち
にしかなれないのは私が狂っているのか?
それとも、この都会の一室でAVなどの仕事をしている私の生活そのも
のが狂っているのだろうか?
・
108918 5月12日 AM6時55分