連休明け
携帯電話が鳴る、相手は公衆電話からだ。
ヒロ君が入院した翌日より消灯前、毎日欠かさず病院の公衆電話から掛け
てきているのだ。
―ヒロ君の話―
「あのDVD届いたん?中身はどないだったん?先に観て明日教えてや。
海は嫌いや、川がええなフナなんか釣れる?巨鯉もええね。
気分は悪くないよ、ちょっと前まで調子悪かったんや。
早よここから出たいな、治療なんか何もしとらんよ、毎日漫画ばかり読ん
どって暇や。ここを出てからどうするか?ううん分からん、そんなんは
出てから考えようや。」
―前妻の話―
「本人重症だからね、ダンナも反省してるみたいよ。離婚?あーそれは生
活もあるし、子供も生まれたばかりだしねー。ヒロ君が退院したら考える
わよ、いつになるか分からないけどさ、だってまだ入院したばっかじゃん、
先の事は考えてもしょうがないからねー。
原因?遺伝もあるみたいよ。松原君(ヒロ君の実父)のお母さんもそうい
う病気だったからね、アンタに言いずらかったけどアンタの事もヒロ君は
言ってるのよー。中一の担任に相談してたみたいだけどさ「前のご主人さ
ん(私)は酷い暴力的な方だったそうですね、縛ったり殴ったりプロレス
の技のような行為で虐待したり、息を止めようとしたり、お母さん(前妻)
はそれを見ても何も言わずに見ていただけだったとか?」って言われたわ
よ。だからね、本人の妄想癖というか病気はここ最近からじゃないのよ。
子供の頃からの蓄積が、思春期の今、一気に爆発しちゃっているんだって。
アタシは医師の診断に従っているだけだからねぇー、アタシにはどうしよ
うもないわよ。“そんな事”よりアンタちょっと相談があるんよ、アタシ
の携帯電話に架空請求の電話がすごいのよー、警察に突き出してやりたい
んだけど、その前に迷惑料を脅し取ってやりたいの、アンタそういうの得
意だったじゃない。」
・
なんともまぁ、呆れた展開になりつつある。
喉もと過ぎれば何とやら・・・離婚の話も東京へ出てくる話もどこへやら。
私が懸念していた「閉じ込めの刑」の公算が大きいようだ。医者の診断が
正しいというのか?医者の世話にはなっているだろうが、医者の商売とは
患者の早期完治ではない、いかに重症患者に仕立て薬代や入院費で稼ごう
とする商売ではないか!それが分からないというのか?このままでは、ヒ
ロ君の退院は1ヵ月後ではないかもしれない。仮に医者や前妻の言い分が
正しいとして、その後はどうするつもりだろう?
可哀想なのはヒロ君だ、親族でも保護者でもない私が彼を救い出してやる
方法はない。ましてや医者にはおそらく、私もヒロ君への加害者の一人と
思われているだろう。
・
連休中のヒロ君の電話で「切符はどうする?」との不意な質問があった。
私は当然、前妻の負担だと思っていた。
そこで私は、「こっちに来るんやったら生活費もあるからね、学校もある
し遊んどくわけにはいかんだろ?それについては母さん(前妻)は何て言
ってるの?」と聞くと、「好きにしていいけど自分で稼ぎな」って言われ
たとヒロ君は答えていた。
13日の日記に書いた、「ヒロ君には言ってあるの「私は絶対にヒロ君の
味方だからね、ここを出たら好きなように自由にさせてあげるから、ゆっ
くり治療しな」。という前妻の言葉の意味とは、こういう事だったのか?
それとも病気のヒロ君が、病気の後ろ側へ逃げ込む為の嘘か?
14歳のまだ働けない子供に対しては、あまりに無責任な言葉ではなかろ
うか?
頼るべき大人に、そのような重圧を掛けられ続けた結果が、この病気の発症
だったのではなかろうか?
・
前妻の弟が、私に彼女の過去の一端を話した事がある。
「姉さんがマンションでインコを飼ってたんですよ、可愛がっていたんで
すけど、ある日突然管理人室の前に、鳥籠ごと捨てられてたんですよ。ヒ
ロ君も赤ん坊の時までは姉さんが育てていましたが、その後はほとんど母
(実母)に預けっぱなしですからね。」
この事実を照らし合わせてどうだろう?
ペットと子供を同じ扱い?とは思いたくないが、「アタシは医者の診断に
従っているだけ」という前妻の言葉が妙に引っかかる。今回またしても、
前妻に法的な手落ちは一切ない、完璧だ。外側から見る分には確かにいつも
完璧なのだ。
・
精神病に入院したり、通院したりすると、そういう人の言葉は「病人のそれ」
として処理される場合が多い。
毎日公衆電話から掛かってくるヒロ君からの話も、そう処理すべきなのか?
それほど重症なのか?私にはまだ信じられない、あの子は病院から出たい
と思っているし、夏休みには私と釣りに行きたいとも言っている。病院へも
強制入院とは知らずに連れて来られている。
私はヒロ君を信じたい、何もできないが、電話にだけは毎日出てやる。
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58481 17日 PM5時15分