喜怒哀楽 2
昨夜の11時ごろアキは来た。腹が減っていると言うので、ラーメンを食
べに行き、買い物をして事務所へ戻る。その間もずっとアキは片思いの相
手の事を喋り続けている。どうやらアキは私を恋の相談相手と思っている
ようだ。そのくせ私が近づくだけで「何するんですか?」と、警戒の態勢
を崩そうとはしない。そんなら遊びに来るなよと思う私、2時間も片思い
の相手の話を聞かされれば、さすがに聞き飽きる。実は相談したい事があ
るのは私のほうだ、だけど遊びに来ているアキに深刻な相談など・・・。
私が冗談で「捕まえたっ!」と言いながらアキの肩を抱きしめると、アキ
は身を硬くしながらも無言で抵抗はしなかった。ひょっとして私の次の行
動を待っているのかな?と思ったほどだった。
そんな、たわいもない事をしながら時が過ぎ、私は先に寝た。朝起きると
アキはすでに起きており、昨夜アキに貸していたパジャマに着替えていた。
私が寝ている間に着替えたようだ、前回は着替えも出来ないほど遠慮がち
だったけど、少しは進歩したようだ。アキは今日の昼からどこかのAV面接
があるそうで帰っていった、本当にAVなんてできるの?って思ってしまう
ような36歳だ。
・
ところで昨日の前妻からの電話、急転直下の話には訳がある。原因は前妻
の現夫とヒロ君の不仲にあるようだ。
ヒロ君はとても繊細で優しい子だ、彼は実父と幼少の頃、生き別れており
私とは小学校に上がる前に出会い養子となっている。父親の愛情というも
のを知らない彼を哀れに思い、私は親でありまた時には兄弟のように接し
た。今では毎日のようにヒロ君から掛かってくる電話の相談内容は、性の
相談ばかりだ。そのこと自体は私に対し心を開いている証でもあり微笑ま
しい関係だろう。私もすっかりそう思っていた、昨日前妻と話をするまで
は・・・。
―前妻の話―
私、離婚しようと思ってるのよ。話せば長くなっちゃうんだけどね、実は
ね精神病になっちゃったのよー。ううん違うの、仕事は順調でお金の心配
じゃないの、だたウチのダンナ(現夫)は考え方が古い人だから、どうし
てもヒロ君とソリが合わないのよねー。生まれた子供は溺愛するんだけど
、ヒロ君には冷たいのよね、だから二人とも憎み会っているのよ。ダンナ
も「子供の扱いが分からない」って言うのよ、いきなり怒鳴ったりするの。
病院にも通っているし薬も飲んでるの、二重人格になってしまって病院の
先生は「家庭の問題が原因ですね」ってハッキリ言ってるわ。私に対して
はもの凄い嫉妬深いから、離婚するってなるとどうなるか分からない、発
狂しちゃうかも・・・でもヒロ君のことを考えてお母さん(前妻の実母)
に相談したら離婚したほうが良いって・・・。私もそう思うの、だから今
から家族会議なの。母は言ってるわ「ヒロ君があんなに慕っているアンタ
に預かってもらうのが一番だって、今更だけどアンタが力を貸してくれる
なら私も東京に引っ越したいわ」
・
時折相づちをしながら聞いていた私が「離婚はお勧めできないな、どんな
状態だろうと生まれた子供はヒロ君にとって弟だろ?その子はどうするん
だ?」それに対し「もちろん連れて行くわよ」と前妻。
「しかし何だね、精神病になってしまっては仕事もうまくいかなくなるだ
ろう、いくら資産家といっても健康は金じゃ買えないからな、先行きの暗
い人生をお前に見切られたって訳か・・・哀れなダンナだな」
そう言う私に、前妻は衝撃の言葉を返してきた!
「違うのよ!病気になったのはヒロ君の方よ・・・アンタには言えなかっ
たけど、中学になってもうずっと病院に通っているの、明日(今日)から
入院するかもしれないの・・・ここ4日間も学生服を着たまま部屋に篭っ
て学校にも行ってないのよ。「広島にはいたくない東京に行かせてやっ!
お願いだから!!」って私に頼むのよ。でもヒロ君には絶対この事を喋ら
ないでね刺激しちゃダメだから・・・私の育て方が悪かったのね、まだ中
学生なのに病気になっちゃて可哀想で涙がでたわ。」と前妻。
「何故、もっと早く俺に相談しなかった?それ以上、その家にいるのは危
険だな病気が悪化するぞ、協力はしようじゃないか俺もヒロ君の父親の一
人なんだから、家族会議の結果を知らせてくれ」私はそう答えるのが精一
杯だった。
そうか、ここ最近ヒロ君から毎日掛かってくる電話は性の相談なんかでは
なかったのか。あれは彼の救命サインコールだったのか!考えてもみれば
思春期の子が元養父の私に性の相談などおかしな話だ。そんな話は友達と
研究するのが自然かもしれない、私に心配を気取られまいとするヒロ君の
せめてもの優しさだったのか?
昨日ヒロ君と話したとき「お前くらいの年頃はSEXの事で頭が一杯だろ青春
だよな」に対し、「そうでもないよ、全体の三分の一ぐらいやね」とヒロ君。
「それなら残りの悩み事も聞こうか?」と言うと、「言えんよ」と
寂しそうに答えたヒロ君だった。
・
前妻の狂言だと思いたいが、そうでもないフシもあるのだ。いや待てよ
狂言であるとすれば、そういった母親をみているヒロ君の悩みなのかもし
れない。私はそんなことも分からず、相談相手として調子コイてたのか?
私は念のため、ヒロ君が電話の度に欲しがっていたDVDを入手した旨を
メールしてみた。いつもなら5分とおかず返信してくるヒロ君なのに、学
校なのか?或いは病院なのか?ヒロ君からの返信は未だにない。
・
台風4号が接近している、私にも新たなる人生の試練が訪れつつある予感
を感じる。
今日の電話で前妻が、「あの話は、みーんな嘘!騙されたっはっはっはっ」
と、あいつらしく笑ってくれれば・・・・
ヒドイ冗談ではあるが、私は許すつもりでいる。
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57738(112) 12日 PM3時30分