ニセトン

あれはもう私が20年も前の話。
当時私は調理師専門学校の夏季研修として伊豆の下田駅構内にある「キッチ
ングリル」という大衆食堂で働いていた。
その食堂は改札を出たすぐの処にあり観光客や家族連れをメインなお客とし
たいた。その他にも駅の売店や車内販売用に駅弁を製造しており、休日とも
なると ただでさえ忙しいのに、いきなりチーフから「駅弁用トンカツ500
枚揚げろ大至急!!」なんて指示があり、私たち見習い生は汗を拭く暇も
ないほどだった。
トンカツを揚げるのは難しい調理ではないが、なんせ数が多いし熱い。その
ような割の合わない単純作業は見習いの作業と相場が決まっている。初めの
何日かは私たちも興味があったので一生懸命やったものだが、回を重ねるご
とに面倒な作業だという事が分ってきた。
豚肉に切れ目を入れ塩コショウ、小麦粉をはたき卵にくぐらせパン粉をつけ
油で揚げる。この一連の作業をしているうちに手には小麦粉やパン粉がつき
それが厚みを増してくる、途中で何度も手を洗わないと箸も持てなくなるほ
どだ。
その日もやっと500枚ほどを揚げ終り、ほっとしていた時だった。
ふいにチーフが背後に現れたかと思ったら「追加300枚!」という一言を
残して自分は休憩なのだろうかタバコをくわえて出て行ってしまった。
・・・私たち見習いは、あっけにとられその後姿を呆然と見ていたが私はそ
のときあるイタズラを閃いたのだった。
そのイタズラとは、手についた小麦粉やパン粉を集めて固め肉のような形に
してそれにパン粉をつけて揚げてやろうというものだった。
中身はトンカツでなくとも見た目にはまったく区別できない「ニセトン」が
合計6枚できた、勿論駅弁用のやつだ。駅弁用なら食った客からクレームも
来ないだろうという計算のもとだった。そ知らぬ顔で「追加注文上がり!」
と、ニセトンを混入した私はセイセイした気持ちだった。
その後どうなったかは、知る由もないが・・・今となってはニセトンを食べ
させてしまった誰かに悪かったと思っている。この場を借りて懺悔したい。
20年前の夏に下田駅で、変なトンカツ弁当を買ってしまった6名様、私が
イタズラをしましたどうぞお許し下さい。

23766(147)             AM3時10分