福ちゃん弁当

花見の時期といえばやっぱり思い出すのは弁当屋に勤めていた頃かな。
弁当屋といっても、ただの弁当屋じゃない。「引き売り」といって
店舗を持たずに飛び込みで雑居ビルなどに売り歩く商法だ。工場弁当
から50個ほどの弁当を台車にのせて、自分の勘を頼りに弁当を買って
くれそうなビルへ訪問販売するんだ。勿論アポイントなんてない、初め
はいきなり弁当屋が職場に売りに来るんだから、みんな驚くよ。それで
も結構買ってくれるもんで、感触のいいビルは「毎日来ますから」と言
ってルートの中に入れていくんだ。中には1Fに銀行が入っていて守衛
がいるような厳重なビルもあるけど、守衛に「上の階のお客さんから出
前を頼まれてます」なんて嘘を言って、そのビルに入り込み 上の階か
ら順々に攻略していったよ。多い時なんか一つのビルで100個も売れ
たりしたからね、雨が降ると昼飯を買いに行くのが面倒でしょ だから
雨の日は大繁盛だったね。そうやって開拓して作ったルートを新人の売
り子に引き継いでいくんだ、そして私は新しいルート開発をする。全部
で17ルートぐらい作ったかな、一日最高2000食を売ったな。
私の仕事はそれだけではない、深夜から製造させた弁当を朝一番で築地
市場の人たちに売り歩き、帰ってきたら昼のルート販売、その弁当だっ
て見込み販売だぜ、平均1500食を製造させていたから、昼に売り切
れず余ってしまう弁当もあるんだよ。その弁当を今度は吉原のソープ街
へ売りに行くんだ、ソープの店員は余り物とも知らずに喜んで買ってく
れてたな、あの辺りは飲食店も少ないし弁当も高い値段で売られていた
からね、そこで私は今まで「のり弁300円」「唐揚弁350円」だっ
た値段を、「全品500円」として統一値段で売ったんだよ、ワンコイ
ンで買える手軽さがあるでしょ、チューブ入りのインスタント味噌汁を
サービスで付けてやったら飛ぶように売れたよ、「吉原用」に新しい弁
を製造しないとならない日も多々あったぐらいさ。今じゃ上野あたりの
飲食店で「弁当500円」なんて売っているのを見かけるけど、あの
値段は私が初めにやったアイデアだよ、当時は消費税もなかったしね。
そういえば大江戸線の工事もやっていたから深夜は土方連中にも売った
な、あの連中に売り込むには「ライス大盛り」が効果的だったな。
朝から晩まで弁当を売り歩き、私は寝る時間もなかったから弁当工場で
寝起きをしていた、毎日疲れていたけど充実していたな。
私だって昼間の仕事を一生懸命やった事ぐらいあるんだよ、一日平均
1500食売って、一つ500円だから毎日75万円の現金収入だよ、
私は社員で営業部長だったけど給料は25万円だった、もう少し貰っら
とけば良かったかもしれないね。その会社のオーナーが私に営業を教え
てくれた「営業の師匠」だったし、その人は以前に事業に失敗して多額
の借金があったので、助けてやりたかったし無理も言えなかったんだ。
その会社の社員はみんな燃えてたね、オーナーの人柄が好かったから、
みんな寝る暇を惜しんで働いたんだ、会社も右肩上がりに成長して東京
で一番の引き売り弁当として「福ちゃん弁当」の名は鳴り響いていた。
あのまま順調にいけば私もAV監督にはなっていなかっただろうな。
「出る杭は打たれる」というが、その弁当屋もそうだったんだ、近隣の
飲食店からすれば私達は脅威だったろうからね、保健所が目を付けるよ
うになってきたんだ。軌道に乗って3年目ぐらいだっただろうか。
昼のコースで弁当を売っている売り子に「販売許可あるのか」とか、「
衛星条件を満たしているのか」などと因縁を付けるようになった。
売り子さん達は、まったくの素人だから役所の人間に質問されるだけで
ビビッちゃうんだよ、こちらも鑑札証を取得させたり対処したけど、ど
うしても途中で帰って来てしまう売り子もいたな。ウチの会社から独立
した同業者の人間に優良コースを横取りされたりね、でも事を荒立てる
ことは出来なかったんだ、ウチの場合 深夜に1500食の弁当を製造
させるのに20人以上のオーバーステイ違法就労)の中国人を使って
いたからね。コースが潰れると当然売り上げも落ちる事になる。
そこで考え付いたのが、イベントを狙った市場だったんだ、その一つが
上野公園の花見客だった。
これはもう、売れまくったよ。値段を700円にして500個持って行
ったら2時間で完売したね。上野公園てのはテキヤの縄張りなんだよ、
親分と話はつけてあるから問題ないんだけど、今度は公園の公安係と警
察が「ここで売ってはいけません」と、きたもんだ。私達は「直ぐに
帰ります」と、引き揚げるフリをして公園内の別の場所で売る、すると
また見つかりまた逃げる。そんなゲリラ的な販売をしているうちに、別
テキヤの縄張りに入っちゃって「テメエ、さらうぞ!!」なんて怒鳴
られたりしてさ、
(ちょっと時間がないので続きは明日)

47295(50)            4日AM1時55分