50%

ーある紳士からの手紙ー

当時の私は全てが順調であり私が望むことは全て成し遂げてきた。
何不自由なく暮らしていたが、一つだけ知りたいことが残ってい
たのです。それは死の世界の体験で唯一未知の世界なのです、人
は欲しい物があればそれに向かって努力します私が欲しいものは、
究極は死なのではないか?そんな無いものねだりな考えで若き日
の私は強烈に「死」を欲していたのです。
中略
その年の6月でした、インドへ行く用事があり用件を早々に済ま
せた私は念願叶えるべく現地の高層に会い、私の考えを話してみ
たのです。(通訳を通して)
高層は表情一つ変えずに、弟子に何かを告げると 弟子は奥の方
から二つのガラス瓶を持ってきたのです。通訳が言うには、一方
は聖なるガンジスの水で、一方は毒が入っているから死ねるそう
です、どちらか選びなさいと目の前に置かれました、そしてもし
聖なる水の方を選んだなら、あと50年は生きなさい 天があな
たを生かしているからです、もしあなたが必要の無い人間なら死
ぬでしょう、高層はそう言うと私にどちらの瓶を選ぶのか催促を
したのです、そしてここでは飲まないで欲しいとも言いました。
そりゃそうだ、もし毒の瓶だったら私の死体の処理が残るもんな。
私にとってはバクチのようなものだった、見分けのつかない普通
の瓶が二つ、どちらかは毒入り。
意を決した私は片方の瓶を持ち帰った。
中略
ホテルに帰った私は瓶を目の前にしてためらっていました。
なにせ確立は50%、いざその時がくると臆病になってしまい手
が震えました、飲む前に鑑定に出そうとも思いました、私は生へ
の執着ある自分に気付きはじめていたのです、たった一杯の水に
翻弄され、戸惑う自分が情けありませんでした。
中略
勇気の無い自分を叱咤し、やっと飲む決心がついたのは明け方で
した 一度ぐらいは人生の大バクチをして私が世の中に必要とさ
れているかを知りたかったからです。
私の人生の中で一番長かったのは、その日だったと思います。
辛くも私はガンジスの水を選んでおり、天に生かされています。
あれから30余年、インドへ行く機会があり、例の寺を訪れてみ
ました 当時の高層は他界しており別の層が寺を守っていました。
私はその層に質問したのです
私 「死亡願望のある者はどうするんですか?」
層 「人は単純な生き物です、ガンジスの水を同じ瓶に入れて
   選ばせれば誰でも長生きします」

私の驚きは衝撃でした、私はたった一杯のただの水で生かせれて
いたのです、私はたった一杯の水の価値にも勝らないことを知っ
たのです。             
                         敬具

〜命は大事にしよう〜   沖本