契約 1

35年前ある男がいた
男の心は傷口から血が滲みいかにも弱り果て疲れている様子だ
その男は、仕事で働き傷ついた者だった。
過酷な労働のなか幾多の功績もあったが心は完全に疲れきって
いた。
男は自問自答する
「このままでいいのか?本当にこのままでいいのだろうか?」
男には家族も子供もいた、職場でもそれなりのポジションにあ
った故に今の仕事を辞める訳にもいかなかったし、辞めること
は敵前逃亡とさえ考え、歯をくいしばっているのだった。

男のやっている仕事はもともと男に不向きな仕事なのである。
それで男は常に思っている
「俺がやりたいことは こんな事じゃない何のためにこんなに
 やっているんだ?神よこの世に存在するなら助けてくれ
 悪魔でもいい 助けてくれるなら契約をする」と。

だが神も悪魔も男の前には現れなかった。
今日も一通の封筒を持ち会社へ急いだ 新しい企画書だった
男は現実だけを見つめ ひたすら自分を殺して働いた、おかげ
で男のアイディア商品は飛ぶように売れ、独立をはたした男は
一代で財をなしたのである、勝てば官軍と言われるとうり男の
エピソードや言葉、自伝までもが多くの出版物に掲載され世の
男たちは羨んだものだったが、男が本当に幸せであったかどう
かは疑問である、男の残した著書には 幸せであるとか充実し
た人生であるといった記述が一切ないからである。
男が本当にしたかった事が何だったのか 
ついに死ぬまで見出せなかったのだろう。
男の心は死ぬまで血を滲ませ、癒されることはなかった傷口に
は金や名誉が包帯のように巻かれ、貪欲な薬が塗りこめられて
いた 男は見せかけの欲に縛られ自ら築いた財産の中に埋もれ
て死んでいったのだ、そしてその財産を遺族をはじめ男のまわ
りの者たちが毟る様に食い荒らしていった、まるでハイエナが
食い荒らすように・・残ったのは生前の功績と立派な墓だけだ
った。
哀れな男は死後になって