桃山温泉

信州旅行から帰ってきた。
長野は蕎麦しかできぬ貧しい地だったのだろう、閑散とした寒風吹きすさ
ぶ温泉場であったが貧しい中にも工夫をして暮らしていた先人たちの知恵
に考えさせられる事柄がいくつもあった。
旅行から帰ってきたその日に家族で寿司を食べに行った。
トロ、海胆、ミンク鯨、アン肝、エンガワ、・・・注文すれば何でもすぐ
に口にできる現代の贅沢、過去のどの時代の実力者でさえこんな食事はで
きなかった筈だ。現在ではそれが当たり前の感覚になってしまって飽食日本
とまでいわれているが、食料自給率が少ない日本でこのような食事がでる
など奇跡に近い事であると実感すべきなのだろう。信州のような過去に貧
しかったであろう痕跡を残している地で、史跡などに触れるとそれが実感
できるものだ。宿泊した宿には桃山風呂という日本有数の名湯があった、
私はAVが職業だから次回ここを訪れるときは温泉を貸しきって「名湯ファ
っク」「覗き湯」のような怪しげな作品をこの地で制作してやろう・・と
は思わない、やはり次回は自分の家族か愛する人と来たいと思う、そして
自分が後者のように考えられる人間で良かったと両親に感謝している。
池袋の事務所に帰ってみると留守番をしていたジュンが部屋をきれいに掃
除して洗濯までして待っていた。人間は帰巣本能がある、どんなに素晴ら
しい旅行であろうと自宅(寝床)へ帰ったときが一番ホッとするものだ、
ましてや待っていてくれる人がいればなお更だ。そんな私も仕事始めとい
う厄介な裏切りをしなくてはいけないと思うと気がひける、本心は仕事な
どせずに食えるだけの収入があればそれでいいと思っている。逆に、この
怒りにも似た気持ちを作品にぶつけてやれば迫力のある作品になるかもし
れない。ジュンは私のこんな気持ちを知る由もない、私がジュンの頬にキ
スして顔を近づけたら「臭い」と小さく呟いた、虫歯で口臭が臭いのだろ
うか?それとも冗談か?あながち冗談でもないかもしれない、私がこの仕
事をしているうちは私の内面からは醜悪な臭気が強烈に放たれているのだ。
私も一時はこの仕事を都合のいいように解釈し正当化しようとしていたが
、遂にそれは割り切る以外にないと悟った、仕事という名目以外に払拭で
きそうもないのだ。これが正常な感覚なのか、それとも弱腰になっている
からなのか、今の私には判断できない。ただやるからには一生懸命やるだ
けだ、そして仕事を辞めたときはもう一度あの温泉に行こうと思う、身や
心の汚れを洗い流しに。

27464                PM11時45分