3年前のが出てきたよ

2年前に遺書を書いたことがある私だが、そういう心境の頃書いた文
の走り書きが出てきたので、その中の一つをブログに清書しておく。
(実話じゃないからね。)

無題

私は金など要らなかったんだと思う。
そんな金があるなら、もっと親孝行しておけばよかった・・・。
いくら会社が忙しかったとはいえ、結局は家庭の方が遥かにかけがえ
のないものだし失いたくないものだ。
私の末っ子も、もう中学生だ。
今年もグアムの別荘へ行きたいと言っているが、私は両親が心配でそ
れどころではない。
そうだ、秘書の中島にでも連れて行かせよう。中島なら我がままな私
の娘を上手くあやしてくれるかもしれない・・。
考えてみれば私は、いつの間にか会社人間、仕事人間になってしまっ
ていた。若い頃、営業部の連中とバカ騒ぎしてトルコにもよく行った
、あっ今はソープランドっていうんだよなハハハ・・・。
あの頃はけっこう風情があって、気の利いた取引先なんか接待で女体
盛りをやってくれたっけな・・今の若い者たちは知らないだろうけど
、全裸の女に刺身を盛ってヘソに醤油を入れて食うんだよ。
今から考えると、あの女たちどんな女だったんだろう?
自分から志願してやったのかな?あの仕事。中には泣き出す女もいた
からな〜、好きな仕事じゃなかったのかもしれない、悪い事をしてし
まったと思っているよ。
最近そんな若い頃の話を、正直に母親に打ち明けるんだ。母親が生き
ているうちに言っておきたいと思ってだ。
母は話を聞き終わると、なにやら念仏みたいなモノを唱え私の目を見
てこう言う。
「将史や、お前が地獄に堕ちても必ず私が 蜘蛛の糸で天国へ引っ張
 り上げてあげるからね」
私は叱られたいのにそんな事を言われると涙が出そうになる。だから
わざと「じゃあ今のうちにもっと悪い事して稼ぐか」なんて言って
大袈裟に笑って、笑いすぎて涙が出たフリをする。
私の両親もそうだけど、両親の両親もこんなふうに人生の終焉を迎え
たのだろうか?その前の両親もそうなのだろうか?先祖は皆そうして
きたのだろうか?そしていずれ私達もそうなるのか。そう思うと気が
遠くなる。
私は何をやってきたんだろうか、仕事仕事で子供の面倒もロクにせず
放任家庭ってやつだよな、こんな事が社員にバレるとまづいよな、
やっぱり秘書の中島に命じるのはやめとこう。
そうだな、夏のプレゼントとして女子社員にグアム旅行をしてもらお
うか、でも待てよ、あの子だけはダメだよな。
3年前まで、私と愛人契約で付き合っていたあの子。紀子は国内出張
でもさせよう、でも参ったな まさか私の入会した愛人クラブに自分
の会社の社員がいたなんて・・・参ったよ。
まぁ賢明な子だったんで助かったけど、それに給料も他の子より20
%多くしてやってるしな、そういえば経理部がなんか言ってたな。
「どうして 紀子さんばかり優遇するんですか?」なんてよ。
気が付いてんのかな?まぁいいか、親戚から預っているとか昔の恩人
の娘だとか言い訳は幾らでもあるわな。
それにしても私の弟は、「アマゾンへ探検してくる」と出掛けたキリ
2年も経つよな・・あっちで定住するつもりかな?それとも蛇に噛ま
れて動けないのか?
昔から冒険好きだった奴だから、どうにか生きているだろうけどちょ
っと心配だな。
あっ!うっかりしていた!
運転手がまだ帰ってないぞ、帰っていいと言ってやらないと帰らない
からな山下君は・・あいつも確か新婚だったな、少しは手当てを増や
してやらんとな、しかし給料を増やすと私に気を遣って困るんだな、
こっちが気苦労して疲れるんだよ、山下君はそれが理解できないから
な〜、まったく困ったもんだ。
みんな世話のやける奴ばかりで私の安らぐ場所も欲しいもんだよ。

病弱な母親が、主治医に自宅へ帰ることを許されて帰宅してきた。
母は細い体で私のために食事を作ってくれた、昔ながらの味だ。
私は夕食はごはんを2膳食べるようにしているが、母の作った食事の
ときは一膳がやっとだ。
確か詩にもある
「母を背おいて その軽さに 三歩あゆめず」まさにその心境だ。
母は私に「美味しくないの?」と聞くが、胸が一杯で食べれないだけ
だ、母はお粥しか食べれないのに私の心配をしてくれている。
母親っていいもんだな。
父はすっかりボケてしまい施設で毎日を過ごしている。
週に2度ほど私が会いに行くと、子供のように喜ぶが私が誰だか分か
らないらしい。オムツを付けて子供のように笑っている父が哀れだ。
時々、急に正気に返ったように盆栽の話をする父だ。
「あの木を植え替えてくれ」
「針金を外さないと木が弱る」
などと言うが、もう何年も前に枯れてしまった木の話だ。
私には盆栽の針金とか、植え替えが何なのかさっぱり分からない。
植物は水をやっていればいいのではないのか?
明日、会社の社員にでも聞いてみよう。
ああ明日は土曜日か・・休日だったな・・・。
父の肩にはシミが沢山ある、私が子供の頃 海水浴へよく連れて行っ
てくれた。あの頃、真っ赤に日焼けしていた父の背中を思い出す。
シミだらけの父の肩が、私には男の勲章のように見える。
父が看護師に本を読んでもらっている、楽しそうに聞いている。
私も子供の頃、就寝前に父に本を読んでもらっていた事を思い出した
。何の本だったかな?そうそう、川に痺れ薬を流して魚を捕る話だ。
あと、体中にクリームを塗られて食べられそうになる不気味な家の話
だ、あの本を読んでもらった日に寝小便をして怒られたんだっけ。
今では父も母も衰弱して・・あと何年生きていてくれるのだろうか?

そうだ、明日は盆栽でも買って父の真似でもしてみようかな。
ところで盆栽って、どこで売っているのだろうか?
街中では見かけないし・・私が盆栽なんてできるのかな?
104で調べてみるか。(電話をし)園芸か、盆栽だな・・・
埼玉の安行か!近いじゃないか!
今からタクシーで飛ばせば間に合うかもしれないな。
それともチップを出して買ってきてもらおうかな、いや?自分で選ぶ
方がいいのかな?盆栽屋はカード使えるのかな?
現金は100万もないぞ・・・とにかく電話してみよう!
私が盆栽をしている姿を見て、母親も懐かしく思うかもしれない、そ
の光景をビデオに撮って父親に見せてみよう。少しはまともな話がで
きるかもしれない、楽しみだな。
おっ!母親が呼んでいる。
風呂が沸いたのか、今何時だ?まだ8時じゃないか。
先に電話だ、電話が先だ!!

平成16年 春ごろの作品

10803(94)         PM4時55分