心残り 1

祖母は言っているそうだ
「理絵のダンナさんが庭の木を手入れしてくれると言っておったが
 今年は来るはずじゃけんのー 忙しいんじゃろうか・・・
 もうすぐお盆が来るけえ それまでにダンナさん来てくれるやろか?」

実は祖母は癌に侵されており病院からも余命はあまりなく今年の夏まで
体がもつかどうか分からないと宣告されている。
祖母は入院していなくてはならないのに、家のことが心配で いや、
自分の家で死にたいと思い、病院を抜け出して家に帰ってきてしまって
いるのだ。そして亡き夫(祖父)のために家を掃除したり、庭の手入れを
したりしているのだが、庭樹の手入れまではできず 理絵のダンナが
来てくれるのを心待ちにしているのだ。  
できればお盆までには庭樹をきれいにしておきたいのだろう。

ところが理絵は二年前にダンナと離婚しており祖母はその事を知らされ
てないのだ
身内からは「理絵のダンナは忙しいから」などと言われており それを
祖母は信じているのだ。

当の理絵はダンナと離婚した半年後に別の実業家の男と再婚しており、
今では呉(広島)でも有名な社長婦人となっている。
だからダンナ(前夫)が祖母の家にもう二度と来ることがない事も承知
している だがそのことは口が裂けても祖母に言えない理由がある
ダンナは祖母のお気に入りだったからである。
理絵の身内もそうだ、だから祖母に「ダンナは仕事が忙しくて」などと
嘘をついているのである。
死に行く者に心配をかけまいと思っているのだろう。

では理絵の元ダンナはどう思っているのだろう
彼は東京で自営をしており仕事はそれほど忙しくない なにより盆栽
ガーデニングを好み 近所の庭の手入れをすすんでする男である。
男の名は沖田といい近所では評判の園芸愛好家なのである。
些細なことで理絵と離婚してしまったが、いまだに理絵とも連絡を取
りあっているし 離婚後理絵が沖田の家へ泊りに来たことも数回ある。
理絵が引き取った子供(沖田の前に結婚していた男との間にできた子)
も、沖田にとても懐いており夏休みや冬休みには必ず上京し沖田の家
へ遊びに来るほどだ。
その子はいまだに沖田のことを「パパ」と呼んでいる。