ねんねこ
メイの入院している動物病院から早朝連絡が入る。
いよいよ覚悟の時がきたようだ、こんな時間に連絡があると
言う事はそういう事だろう。
そう思い、気を取り直して電話にでてみた。
・
メイは治療の効果もなく、血液検査の値はカリウムが8を超えた
そうだった。
痙攣も出はじめ、末期の症状を呈しているとの事だった。
主治医に対し「治療の継続は可能なのですか?」と尋ねると、
「治療どころか、もういつ心停止するかわらないんですよ!」
と、語気の荒いというより狼狽した返事だった。
そうかサジを投げたいのか・・・と、私は察した。
あいにく私は仕事だったが、昼に終わったので急いで病院へ。
・
メイは待っていてくれた。
まだ死なずに息をして目を開いていた。
私の呼びかけに尻尾を振る力も、ニャーも言えなくなっていたが、
喉の奥から搾り出すような声で応えてくれた。
・
家に連れて帰り体を拭いていつものようにブラシをしてやる。
ベットに寝かせてやるが手足どころか尻尾も振れない、いつもの
満足のゴロゴロも言わない。
かれこれ数日食事もしてないのに、お腹だけは妊娠中のメスのよう。
口臭もキツイ、口の中もカラカラだろうと口移しで水を飲ませてや
ろうとしたがメイには舌を動かす力も残ってなかった。水を飲み込む
こともできず、水は口の横から流れ出るだけだった。
だから大好きなカロリーメイトを麺棒で舌を湿してやった。
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メイが動かす事のできるのは瞼と息だけ。
瞼は動かせるが、焦点が定まっているようには見えない。
医師の話だと、もって2日だそうだが頑張る子は、飲まず食わずで2
週間ぐらいも苦しんでしまうそうだ。であるから医師も通常はしない
が、この子の場合は安楽死の処置も引き受けてもいいと言う。その医師
は昨晩寝ずに看病してくれたそうだ。
メイと過ごした日々が思い出され涙が込み上げてくる。他人の死には
鈍感になっている私だが、死にゆくメイの姿が哀れでならない。
・
安楽死させてやるべきか、看取るべきか。
何人かに意見を聞いたが意見は二分する、最後の責任として私が決断
してやらねばならない。
父親の言ったいた「苦労を背負い込む」そのときが今なのだ。
私は今、たった今、本当の介護をしている。何度もブラシをし、抱き、
体位を交換し、メイが普段していたように体中を除菌タオルで拭いて、
口の中を麺棒で湿している。
これが本当の介護、金のためでなく、仕事のためでなく、誰のためでもなく
命をまっとうしようとしている尊厳へ対し出来る限りの事。
「こういう本当の気持ちを持て」と、メイは自らの命を賭して私に教えて
くれているのだ。
・
なんていい奴なんだろう。
どんな女と別れたときよりも辛い。
お前の苦しむ姿をみるくらいなら、いっそこの手で殺してやりたい。
発作の治まる薬を打っているのでまだいいが、そのうち酷い痙攣を起こす
そうだ。そんなメイの姿に私は耐えうるのか?
安楽死させてやる方向へ心が動いてしまわないのか?
その方が本当はメイにとっていいのではないか?
・
荒い息をして、時々苦しそうな声のような音を発する。
その周期が病院を出たときより縮まっているように思う。
その度に私はメイを撫でてやるしかない。
・
短い間だったが、お前からは多くの事を学んだ「ありがとうメイ」
「もうそんなに頑張るな、もういいんだよ」
「ねんねこ(寝るときにメイに言う言葉)だよ」
と、私の心はそういっている。
・
184243 H22 12月29日 PM19時10分